計画修繕の必要性
どんなに最新の材料や設備を使って建てた建物でも、時間が経てば劣化が起きます。劣化とは、ものの性能や機能が物理的・科学的要因によって低下することであり、自然界に存在する人工物である建物は、これを免れることはできません。しかし、適切な修繕を施せば、建物を長持ちさせることができます。そうはいっても、いきなり劣化部分を見つけ、後先なく思いつきで修繕するのでは、賃貸人にとって予想外の出費となり、長い目でみても非効率かつ不経済となるので、建物を管理するプロとして管理業者は、修繕の時期や内容を予想した「修繕計画」を作成しておき、賃貸人に説明して資金面も含めた準備を心がけておいてもらう作業が重要な業務となります。
修繕計画に基づいた修繕を計画的に実施することは、賃貸人にとって目先の収支を悪化させるものと映り、理解を示してくれないケースもあります。しかし、中・長期的に考えれば、修繕計画による的確な修繕の実施により、賃借人の建物に対する好感度が上がり、結果的に入居率が上がり、賃貸経営の収支上プラスに働きます。そのため、管理業者としては賃貸人に修繕計画の大切さをよく理解してもらい、それにより着実に計画修繕の実施を心がけていく姿勢が望まれます。
修繕計画の計画立案と計画修繕の実施
修繕計画の作成に際しては、建築や設備に関するある程度の専門知識を必要とします。デベロッパー(大手の開発業者:三井不動産や三菱地所等)は、建設当初から修繕計画を提案すると、貸貸人に賃貸経営のリスクを印象づけることになるとして、計画作成に消極的なところもあります。また、建設会社も新築の知識は当然持つものの、一般的には修繕に対して関心が低いです。そこで、修繕専門会社やメンテナンスに詳しい設計事務所の助力を得て、物件に一番詳しい管理業者が主体となって修繕計画をつくり上げることが強く望まれます。そうしないと賃貸人の同意を得ることが難しくなります。
そして、修繕計画に基づいた計画修繕の実施にあたっては、まず、計画された修繕部位を現場で点検・調査したうえで、他に不具合が生じている箇所がないかどうかもあわせてみるなど全体状況を把握することがポイントです。
次に、こうして得られた情報と修繕計画をもとに工事の基本計画を立案し、賃貸人に提案して了解を得ます。その際、賃貸人に対して各種ローンの紹介を含めた資金計画についても相談に乗り、アドバイスするよう努めるべきです。
実際に工事を進めるには、複数の施工会社より工事見積をとり、賃貸人のよき補佐役として見積りを相互比較し、価格以外の実績や技術力を総合的に判断して、最適な施工会社を選ぶ必要があります。工事の請負契約が結ばれ、工程が具体化したら、管理業者は、賃借人に連絡を取って修繕工事が始まる旨を伝え、協力を求めます。事前にその内容をわかりやすくまとめたパンフレットをつくり、賃借人に配布して、その後、説明会を開催する例もあります。
修繕工事には、日常生活のなかで行われる工事のため、騒音や震動、ゴミやホコリの発生で賃借人などに迷惑を及ぼすという問題も発生します。工事の円滑な進捗には賃借人などの協力が不可欠で、その点からも事前に十分な広報と説明を行い、理解を求める姿勢が大切です。
管理業者としては、実際に工事が始まってからも、工事会社とよく連絡を取りながら、賃借人に不都合が生じていないか、近隣に迷惑がかかっていないか、現場はきれいに整頓されているかなどのチェックが重要となります。
長期修繕計画の提案
長期的な視野に立ち、いつ・どこをどのように・いくらぐらいで修繕するのかをまとめたものを、長期修繕計画といいます。計画した修譜を着実に実施していくためには、資金的な裏づけを得ることが必要であり、長期修繕計画を策定して維持管理コストを試算し、維持管理費用を賃貸経営のなかに見込まなければなりません。
長期修繕計画の対象とする期間は、もっとも修繕周期の長いものを念頭におき、一般的に30年間程度とされています。部位別の標準的な修繕周期については、下記の通りです。
建築・外構の修繕周期
- 屋根防水改修工事(※)
- 露出12年~ 押さえ18年~
- 外壁塗装工事
- 12~18年
- バルコニー等防水改修工事
- 12~18年
- シーリング改修工事
- 8~16年
- 鉄部改修・塗装工事
- 4~6年
- 金物類改修工事
- 使用頻度・損耗による
- アルミ部改修工事
- 24~36年
- 舗装改修工事(敷地内道路、駐車場)
- 24~36年
- 外溝工作物補修・取替え工事
- 24~36年
- 屋外排水設備取替え工事
- 24~36年
(※)屋根防水改修工事については、「押さえコンクリート仕上げ」と「露出仕上げ」があります。
- 押さえコンクリート仕上げ
- 防水層を仕上げ後に打設したコンクリートを指し、防水層を紫外線から守り長持ちさせるための仕上げ方法
- 露出仕上げ
- 防水層が露出して見える防水方法
設備の修繕周期
- 給水設備更生、更新工事
- 18~24年
- 消火設備取替え工事
- 18~24年
- 雑排水設備取替え工事
- 18~24年
- 汚水設備取替え工事
- 24~36年
- ガス設備取替え工事
- 12~36年
- 電灯・電力幹線、盤取替え工事24~32年
- 照明器具・配線盤取替え工事
- 12~32年
- 電話設備取替え工事
- 30年
- TV共聴設備取替え工事
- 12~32年
- 自動火災報知設備取替え工事
- 12~32年
- 避雷針設備取替え工事
- 24~32年
- エレベーター設備取替え工事
- 24~32年
管理業者が心がけるポイント
日常点検の厳密化
管理業者による集合住宅等の日常点検を従来以上に細かく実施し、健全部と非健全部・不具合箇所の範囲を明確にすることで、非健全部・不具合箇所の部分的な修繕で済ますことができるようになります。また、予防保全の考え方を積極的に導入することで、計画修繕対象を限定することが可能になります。さらに、大規模修繕時に健全部も含めた工事を実施しないで済むことにもなり、大規模修繕工事費の削減や小規模工事への移行による修繕積立金の支出抑制が実現できます。そのためにも、「点検チェックシート」を作成することが求められます。
長期修繕計画の作成と見直し
計画修繕を実行する前に「長期修繕計画」を作成し、修繕のおおよその時期を把握し、日常的な清掃や点検によって、実際の修繕を効果的に実施するタイミングを判断します。2、3年に1度は修繕計画内容を見直すことで適切な修繕時期等を確定します。そして、修繕時期が近づいた場合には、専門家による劣化診断や精密な検査を行い、その結果に基づいて修繕内容を具体的にして、工事費用の見積りを徴収して大規模修繕工事等を実施します。
修繕周期の延長策
例えば、共用部廊下の床清掃の場合、2か月に1回程度の周期で、洗浄水を用いたポリッシャーがけや高圧洗浄を行うのが一般的ですが、大量の洗浄水を使用することで接着力の低下により床の仕上材が剥がれやすくなることが考えられます。そのため、できるだけ大量の水を使用しない清掃仕様に見直すことで共用部廊下の床仕上げの修繕周期を延ばすことも可能となります。
修繕工事・日常点検の記録保管
修繕は何回も実施されることから、工事や日常点検が終了するたびに、図面、写真、記録を作成・保管し、次回以降の修繕工事の参考とします。
修繕資金の確保
長期修繕計画によって、長期間における修繕費とその支出時期が明確になることから、将来に備えて計画的な資金の積立てが欠かせません。また、毎年の修繕費用も年数を重ねると相当な金額となることから、修繕積立金の変更の必要性の有無については管理業者が早い段階で検討して入居者の理解に努めます。
計画修繕による好循環
適切な計画修繕を実践することで、住環境の性能が維持でき、高い入居率や家賃水準の確保につながり、次の修繕のための資金入居者にも安心・満足して暮らせる住まいを将来にわたって提供できます。