コンプライアンスの必要性
賃貸不動産経営管理士の担うべき役割は大きいが、その役割を適切に果たすためには、その出発点として、専門家としてのコンプライアンスと倫理が求められます。不動産をめぐっては、物理的側面からさまざまな建築関連の法規があるとともに、不動産資産を所有・利用する者の権利利益の調整のために民法、借地借家法その他の法規が存在します。
日常の管理の場面では、当然にそれらの法令を遵守することが必要であるとともに、トラブル等の場面でも、正確な法令等の知識に基づいた対応をしなければなりません。仮に法令に反する行為をすれば、「賃貸不動産経営管理士」や、その属する「賃貸住宅管理業者」は、不法行為責任等を問われ、賃貸人の信頼を損うだけでなく、管理業界全体の信用を失墜させることになることを十分留意すべきです。しかも、不動産をめぐる法令は頻繁に改正や新規制定等がなされており、最新の知識・情報を得るために、絶えず研鑽することが重要です。
ところで、コンプライアンスを考える場合、 単に形式的に「法令だけ守ればよい」ということでは足りません。法令さえ守っていれば何をしてもよいという姿勢が社会的に厳しく断罪されていることは、過去のさまざまな事件を通じうかがわれることです。 法令を守ることは最低限の責務であり、その法令の制定趣旨や背後にある社会関係をも踏まえた対応が求められます。
また、 賃貸住宅の管理の場面では、関係者が多様であり、個々の契約関係にも個別性があります。実際の対応にあたっては、その 個別性を踏まえつつ業務を遂行することが要求されます。
さらに、実際の管理の場面では、賃借人等の「人」およびその人の「感情」と対峙するというきわめて人間的な業務であるということも踏まえなければなりません。
賃貸住宅の管理が、社会全体の価値の創造に携わるという高度な社会性を有することからすれば、 賃貸不動産経営管理士には、その社会的役割を踏まえた高度な道徳と価値観の裏づけが要求されていることを認識しなければなりません。
コンプライアンスの内容
1.基本的人権の尊重
賃貸住宅は、賃借人(入居者)の生活の場や経済活動の場として利活用されるところであり、憲法で国民に基本的人権として保障されている居住・移転の自由や財産権の保障においても重要な位置を占めています。
これまでも不動産業に関しては、「同和地区の調査に基づく回答を行った事例」や、「在日外国人、障害者、高齢者等に対しその事実のみをもって民間賃貸住宅への入居を拒否する事例」など、人権にかかわる問題が生じていることから、「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」などにおいても、 基本的人権の尊重、差別の解消等に対する教育・啓発等が謳われています。また、最近の社会の変動や社会構成の多様化を踏まえ、近年は相互に人格と個性を尊重しながら共生できる社会の実現がより強く求められるようになり、たとえば、2016(平成28)年4月1日から施行されている「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)関連では、 障害者に対し禁止される差別的取扱いが具体的に示されました。
管理業者は、賃貸住宅そのものが人権の実現において重要な役割・機能を果たしていることを踏まえ、個々の管理業務を通じて接する、賃借人をはじめとするさまざまな関係当事者の基本的人権を尊重して、その業務を遂行しなければなりません。
したがって、 賃貸不動産経営管理士は、日ごろから人権問題に関心を持ち、人権意識を醸成して自らの専門性を発揮するとともに、賃貸人に対しては差別が許されないことを十分に理解してもらい、 自社の他の従業者に対して積極的に指導等を行うなどして、賃貸住宅管理 業界全体の社会的役割の実現と人権意識の向上に努めなければなりません。
2.独立したポジションでのコンプライアンスと道徳、倫理の確立
賃貸不動産経営管理士においては、管理業者の従業員としての立場とあわせ、プロフェッションとして、独立したポジションでのコンプライアンスが求められます。
具体的には、賃貸不動産経営管理士としてのコンプライアンス等に基づけばとるべきではない管理業務の手法(自力救済の禁止に抵触する明渡しの実現等)を、賃貸人や所属する管理業者から要請された場合には、その非を正確な法令知識等に基づき指摘し、コンプライアンス等に従った対応をとるよう求めることなどが想定されます。
また、本来は、管理業者の立場からも、賃貸人のみならず賃借人にも向いた管理業務を行う必要性があるが、管理業者と賃貸人との関係が直接的な委任・準委任契約関係にあることから、事実上、一定の限界もあり得ます。賃貸不動産経営管理士は、このような場合においても、より独立した第三者的な立場で、高度な知識と経験に基づき、不動産の契約関係に携わることが求められてきます。
したがって、 賃貸不動産経営管理士は、コンプライアンスが要請されていることとあわせ、 高度の倫理観に基づき、それらを「 独立したポジションで」果たすことが求められていることに留意しなければなりません。
3.説明責任と業務の透明性の担い手
管理業者は、委任者である賃貸人に対し、説明責任と業務の透明性の確保が要求されるが、 賃貸不動産経営管理士は、管理業者の中における賃貸住宅管理のプロフェッショナルとして、 委任者に対し直接に説明する役割を担うことが想定されます。
賃貸不動産経営管理士は、それに加え、実際の管理の場面で関係者と接する機会が多く、対賃借人との関係でも信頼される立場であることが求められます。賃借人が有する不満不安に対し、事実を包み隠さず説明する意識と、高度な知識経験に裏打ちされた合理的かつバランス感覚にそった説明、そして、その前提となる日々の業務の透明性が強く求められるということに留意しなければなりません。
さらに、賃貸住宅をめぐっては関係者の利害にかかわるさまざまな事情が生じます。それらの事情で当事者や関係者にとって重要なもの(契約関係等を継続するか否かの判断に重要な影響を及ぼす事項等)については、情報提供ないし説明すべき義務を負っています。重要な事項につき情報提供等をしなかったり、不実のことを提供等をする行為は、この情報提供・説明義務や信義誠実義務に違反するとともに、賃貸住宅管理に対する社会的信用を傷つける結果をももたらしかねないことから、絶対に行ってはなりません。
したがって、 賃貸不動産経営管理士は、 管理業者の説明責任と業務の透明性を体現する立場であることに加え、 独立した立場でのより 一層高度な説明責任と業務の透明性が求められていることに留意しなければなりません。
4.利益相反行為の禁止
管理業者は、賃貸人からの委託に基づき賃貸人を代理して管理に関するさまざまな業務を行うことから、管理業務は、法律的には代理業務にあたり、民法第108条に基づき双方代理が禁止されます。当事者間で利益が相反する場合において、相手方の利益に資する一方で、委託者の利益に反する行為や反するおそれのある行為は、利益相反(利害衝突)に該当し、することができません。
したがって、賃貸不動産経営管理士は、管理業者の一員として、利益相反行為が禁止されていることに留意しなければなりません。
5.賃貸住宅をめぐるすべての関係者との信頼関係の構築
賃貸住宅をめぐっては、賃貸借契約当事者である賃貸人(賃貸住宅の所有者であることが一般的)および賃借人(居住者等)を中心とし、投資家等も含めさまざまな利害関係者が存在します。そして、その経営・管理は、数字だけでは決して表現されない、個性ある賃貸人・賃借人との良質な関係を通じて実現される性格を有します。
したがって、賃貸不動産経営管理士が業務を遂行する過程においては、賃貸住宅の所有者である賃貸人や、その住宅に居住し利用する賃借人等との間に確かな信頼関係を構築する必要があることに留意しなければなりません。
6.管理業界との信頼関係の構築
賃貸住宅の管理に対する認知度を高め、その社会的地位をより向上させるためには、管理業界全体として社会に対し、責任ある対応をしていく必要があります。賃貸不動産経営管理士も、その一員として、管理業界全体との信頼関係を構築しつつ、業務遂行を通じその実現に資することが期待されます。
したがって、 賃貸不動産管理士は、関係する法令やルールを遵守することはもとより、賃貸住宅管理業に対する 社会的信用を傷つけるような行為や、社会通念上好ましくない行為をしてはならず、 自らの能力や知識を超える業務を引き受けてはならないことに留意しなければなりません。
7.秘密を守る義務
管理業者は、その職務遂行上、賃貸住宅の関係者の「秘密」に該当しうる情報に接することも多くあります。管理業者が職務上知りえた秘密については、管理受託契約等において、法令上提供義務があるとされる場合や本人の同意がある場合などの 正当な理由がないときには、他に漏らしてはならない義務を負い、当該義務違反に対しては、 民事上の責任が問われる可能性があります。
賃貸不動産経営管理士は、管理業者の一員として、さらには賃貸住宅管理のプロフェッショナルとしての基本的義務のひとつとして、同様の義務を負っていることに留意しなければなりません。そして、この義務は、所属していた 管理業者から退職するなどして当該賃貸物件の管理に携わらなくなった場合や、賃貸不動産経営管理士ではなくなった場合であっても、引き続き負っていることにも留意しなければなりません。

