賃貸人又は賃借人が死亡した場合、賃貸借はどうなるか?

賃貸人の死亡

死亡により相続が開始すると、相続人は、相続開始の時から、被相続人(死亡したもの)の財産に属した一切の権利義務を承継します(引き継ぎます)(民法第896条)。

賃貸借契約においても、このルールが適用されるので、賃貸人(貸主)が死亡した場合、相続人が賃貸人の地位を引き継ぎます。つまり、遺産分割後は、相続人が新賃貸人となります。

賃料の取扱い

賃貸人(被相続人)が死亡し、相続が発生した場合の賃料の取扱いは、次の3パターンに分けて考えます。

  1. 被相続人死亡前に生じていた賃料
  2. 被相続人死亡後、遺産分割前の賃料
  3. 遺産分割後の賃料

被相続人死亡前に生じていた賃料

被相続人(賃貸人)死亡前に、賃料の支払期限が到来し、被相続人(賃貸人)死亡の時点で、まだ受領していない賃料は、金銭債権として、相続財産となります。この場合、賃料債権(金銭債権)は法律上当然に(自動的に)分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継します(引き継ぎます)(最判昭29.4.8)。賃料債権は、金銭債権なので、遺産分割を経ることなく、自働的にそれぞれの相続人に、その持分に応じた賃料債権が分割されるので注意しましょう。
【具体例】例えば、賃貸人である父Xには子Aと子Bの二人の相続人がいたとします。父Xが死亡時に、賃料10万円を父Xが受領していない場合、遺産分割をせずに、子Aと子Bの法定相続分で分けるので、子Aは5万円を受領できる権利を取得し、また、子B5万円も同様に5万円を受領できる権利を取得します。

被相続人死亡後、遺産分割前の賃料

相続人が複数いる場合、相続財産は遺産分割協議を行い遺産分割を行って相続させます。そして、共同相続の場合には、相続財産は共有(遺産共有)となります(民法898条)。賃貸人が死亡し、共同相続人が建物を相続した場合には、複数の相続人が共同して賃貸人の地位につきます。つまり、賃貸人が「複数の相続人」となります。そして、相続開始から遺産分割までの間に生じた賃料債権は、遺産分割の対象とはならず(東京高決昭56.5.18)、各共同相続人がその相続分(法定相続分)に応じて分割単独債権として確定的に取得します(最判平17.9.8)。
【具体例】例えば、賃貸人である父Xには子Aと子Bの二人の相続人がいたとします。父Xが死亡後も引き続き、建物は賃貸されているので賃料は発生します。賃料が10万円だった場合、この賃料は、遺産分割の方法に関係なく、子Aと子Bの法定相続分で分けるので、子A5万円、子B5万円という風に分けます。もし、遺産分割協議で、建物を子Aが単独で相続するようにしたとしても、結論は同じで子A5万円、子B5万円となります。

遺産分割後の賃料

遺産分割が完了すると、遺産共有(相続財産の共有状態)は解消されて、遺産分割通りに所有権が確定します。結果として遺産分割によって賃貸建物を取得した所有者が、賃貸人として賃料を取得します。
【具体例】例えば、賃貸人である父Xには子Aと子Bの二人の相続人がいたとします。遺産分割協議で、建物を子Aが単独で相続するようにした場合、遺産分割後の賃料は、全て、子Aが取得します。

敷金の取扱い

賃貸人が死亡し、相続が発生した場合の敷金の取扱いは、次の3パターンに分けて考えます。

  1. 被相続人死亡前に生じていた敷金返還債務
  2. 被相続人死亡後、遺産分割前に生じた敷金返還債務
  3. 被相続人死亡後、遺産分割前に生じた敷金返還債務

被相続人死亡前に生じていた敷金返還債務

そもそも敷金返還債務とは、賃貸人が賃借人から預かっている敷金を、契約終了後に返金しなければならない債務(義務)です。つまり、この敷金返還債務は、賃貸人(貸主)が負っている債務です。この債務を負っている賃貸人が死亡した場合、敷金返還債務はどうなるのか?
これは、被相続人(賃貸人)の相続人が返還債務を承継します(引き継ぎます)。そして、金銭債務(敷金返還債務)の相続に関しては、債務者(賃貸人)が死亡し、相続人が複数いる場合には、金銭債務は、法律上当然(自働的に)分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継します(最判昭34.6.19)。つまり、被相続人の敷金債務は法定相続分に従って分割されて各相続人に帰属します。
【具体例】 例えば、賃貸人である父Xには子Aと子Bの二人の相続人がいたとします。敷金として10万円を賃借人から預かった状態で、父Xが死亡した場合、10万円の返還債務は、子Aと子Bが法定相続分に従って分割されて負います。つまり、子Aの敷金返還債務は5万円、子Bの敷金返還債務は5万円となります。

被相続人死亡後、遺産分割前に生じた敷金返還債務

被相続人死亡後、遺産分割前に賃貸借が終了し、返還義務が生じた敷金は、共同相続人が共同して敷金の返還義務を負います。つまり、相続人が複数いる場合、各相続人が連帯債務者として、賃借人に対して、全額の敷金返還債務を負うことなります(東京高判昭54.9.28)。
【具体例】 例えば、賃貸人である父Xには子Aと子Bの二人の相続人がいたとします。敷金として10万円を賃借人から預かった状態で、父Xが死亡した。遺産分割前に、賃貸借契約が終了し、賃借人が建物を明け渡した場合、10万円の返還債務は、子Aと子Bが連帯して負います。つまり、子Aの敷金返還債務は10万円、子Bの敷金返還債務は10万円となります。もちろん、子Aが10万円を払ったら、他の相続人Bは1円も賃借人に返還しなくてもよいです。しかし、BはAに対して、半分の5万円は支払う必要があります。

遺産分割後に生じた敷金返還債務

遺産分割によって建物の帰属(所有者)が確定した場合、遺産分割によって建物を取得した所有者が、賃貸人となります。この遺産分割後に、賃貸借契約が終了した場合、敷金返還債務は、相続財産の所有者のみが負います。遺産分割によって相続財産を取得しなかった相続人に対して返還請求することはできません(東京地判令元.7.31)。
【具体例】 例えば、賃貸人である父Xには子Aと子Bの二人の相続人がいたとします。敷金として10万円を賃借人から預かった状態で、父Xが死亡した。遺産分割協議の結果、子Aが建物を相続した。その後、賃貸借契約が終了し、賃借人が建物を明け渡した場合、10万円の返還債務は、子Aのみが負います。つまり、賃借人は、Aのみに対して10万円の敷金返還請求を主張できますが、子Bに対しては、敷金返還請求できません。

賃借人の死亡

賃借人が死亡した場合について、「賃借人に相続人が存在する場合」と「相続人がいるかどうか不明な場合・いない場合」に分けて考えます。

相続人がいる場合

相続人が存在する場合、「賃料の支払い義務」「契約解除」「賃借人が内縁の配偶者と居住していたとき」の3つについてポイントを整理します。

賃料の支払い義務

賃借人が死亡した場合には、相続人が賃借権(借りる権利)を承継します(引き継ぎます)(民法896条)。そして、賃料債務は、各相続人が賃貸人に対し、全部の履行義務を負担します。つまり、連帯債務となります(大判大11.11.24)。
【具体例】 例えば、賃借人である父Yには子Aと子Bの二人の相続人がいたとします。賃料10万円の建物を借りている状態で、父Yが死亡した場合、賃料10万円は、子Aと子Bの二人の連帯債務となるので、賃貸人は、子Aと子Bの両者に対して10万円を請求することができます。もちろん、子Aが10万円を払ったら、他の相続人Bは1円も賃貸人に支払う必要はありません。しかし、BはAに対して、半分の5万円は支払う必要があります。

契約解除

複数の相続人が賃借権を共同相続し、その後、賃料不払い(債務不履行)を理由に賃貸借契約を解除する場合、賃貸人は、賃借人である相続人全員に対して、未払い賃料の支払いを催告し、相続人全員に対して解除の意思表示をしなければ、解除することができません(民法430条、544条)。

賃借人が内縁の配偶者と居住(同居)していたとき

賃借人に子等の相続人がいる一方で、賃借人が内縁の配偶者(結婚はしていないものの、事実上ずっと一緒に生活をしている者)とともに建物に居住(同居)していた場合、相続人が賃借権を承継する一方、同居者である内縁の配偶者は、相続人ではないので賃借権を承継しません。そうなると、「相続人である賃貸人」が、「同居していた内縁の配偶者」に賃貸住宅の立きを求めることができます。これでは、同居者の生活の基盤を奪うことになり、生活上重大な支障を来すことになります。そのために、判例では、「相続人からの立退請求(たちのき請求)は権利濫用となり、立退請求はできず、内縁の配偶者は、引続き居住できる」ようにしています(最判昭42.2.21、最判昭39.10.13)。

相続人のあることが明らかではない場合

相続人がいるのかいないのか明らかでないときは、原則、残された財産は国庫に帰属します(民法959条前段)。つまり、国のものになります。しかし、相続人がいなくても、「事実上の夫婦関係・養親子関係にある者」が同居している場合があります。この場合、「事実上の夫婦関係・養親子関係にある者」が賃借人の権利義務を承継します。しかし、当該同居者が賃借権の承継を望まないこともあります。そのため、同居者が相続人なしに死亡したことを知った後1月以内に、建物の賃貸人に対して「反対の意思表示(建物は借りません!との表示)」をしたときは、賃借人の権利義務を承継しないものとしています(同条第1項ただし書き)。

公営住宅における利用者の死亡

県営住宅や市営住宅を借りている人が死亡する場合もあります。その場合、使用者(賃借人)に相続人がいても、相続人は、当然に使用権を相続しません(最判平2.10.18)。つまり、賃借人の相続人は、場合によっては、退去しなければならないこともあります。もちろん、市や県が、別途、相続人に使用権を与えれば、住み続けることはできます。

死後事務委任・残置物の処理等に関するモデル契約条項

賃借人の死亡後、賃借権と居室内に残された家財(残置物)の所有権は、その相続人に承継(相続)される。しかし、相続人が存在するのかどうか、または所在が分からない場合もあります。そのような場合、「賃貸借契約の解除」や「残置物の処理」が困難になることがあり、このことにより、単身高齢者に対して賃貸人が建物を貸すことを躊躇する問題が生じています。そのため、このような賃貸人の不安感を払拭し、単身高齢者の居住の安定確保を図る観点から、単身高齢者の死亡後に、契約関係および残置物を円滑に処理できるように、令和3年(2021年)6月に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」(ひな形)が策定されました。

このモデル契約条項は、単身高齢者(60歳以上の者)の入居時(賃貸借契約締結時)に利用されることが想定されており、受任者(例えば、管理会社)に対し、賃借人の死亡後に「賃貸借契約を解除する代理権を与え」、「残置物を廃棄する事務」や「残置物を指定先に送付する事務」を委任するものとなっています。
受任者には、賃借人の死亡から一定期間が経過し、かつ、賃貸借契約が終了した後に、「廃棄しない残置物」以外のものを廃棄する権限が与えられます。(「廃棄しないよう指定した残置物」を指定残置物という)

なお、このモデル契約条項においては、賃借人の相続人を受任者することが困難な場合には、「居住支援法人」や「管理会社」が受任者になることが想定されています。賃貸人は、賃借人と利益が相反する立場にあるため、受任者とすることは避けるべきであるとされています)。

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